■作:井上ひさし■演出:栗山民也■■音楽:宇野誠一郎■美術:石井強司■照明:服部基■音響:秦大介■
■衣裳:前田文子■振付:井手茂太■歌唱指導:伊藤和美■
■演出助手:豊田めぐみ■舞台監督:三上司■
■プロデューサー:北村明子(シス・カンパニ-)■井上都(こまつ座)
■制作:高林真一・谷口泰寛(こまつ座)
:荻原朱貴子・李銀京(シス・カンパニ-) ■出演■大竹しのぶ/松たか子/段田安則/生瀬勝久/井上芳雄/木場勝己
●…●…●…●…●…●…●…●…●…●…●…●…●…●…●…●…●…●…●妹には一人の親友がいた。親友は魅力的なドイツ系の女優だった。妹は親友になんでも打ち明けていた。
妹が怖れていたことはただ一つ、兄と親友とが結婚したりはしないかということ。二人とも結婚生活には向いていないのだ。だが、怖れていたことが現実になる。二人はこっそり結婚していた!一度に兄と親友とに裏切られ、一度に兄と親友とを失ってしまった妹。
妹、マリア・チェーホワは激怒した。親友、芸術座の女優オリガ・クニッペルは、わたしたちのロマンスについてだれも口を出すべきではないと抗弁した。そして兄、アントン・チェーホフは頭を抱えながら、最後の戯曲『桜の園』に取りかかった。
晩年のチェーホフが引き寄せてしまった、哀れで、やるせのない、滑稽な悲喜劇を、選り抜かれた六人の俳優が、いま生き生きと再現する。再現の手がかりを井上ひさしが書き、すべてを栗山民也がまとめあげる。
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こまつ座http://www.komatsuza.co.jp/kouen_new/index.html
●…●…●…●…●…●…●…●…●…●…●…●…●…●…●…●…●…●…●観劇日の前日に、公演の概要をチェックする。なんでも、ロシアの劇作家チェーホフの半生を、生前彼が愛した、ヴォードヴィルという演劇の手法をとって綴られていくというもので、ここらへんのくだりを読んで、顔が青くなる。
ロシアもの…。
チェーホフ…。
ヴォードヴィル…。しらねーー
予備知識が殆ど『0』に近かったので、これは、かなりマズイのではないかと思い、普段はめったに買わない公演パンフを買って、演目の概要を読み始める。与えられた時間は、幕が開く迄の30分間(笑)。読みましたよ。スゲー集中力で(笑)。その30分間の拾い読みのおかげで、おおよそのイメージが、ボワーっと浮かんでくる。『ヴォードヴィル』とは、当時(チェーホフが生きていた時代)、流行っていた演劇の手法の事で、アメリカンタイプのものと、ヨーロピアンタイプのものと、2種類あるそうで、アメリカンタイプのものは、歌や踊り、アクロバットや奇術などで構成された、バラエティーショーなのに対し、ヨーロピアンタイプのものは、歌や踊りは入れても、あくまでも笑いの要素を主軸に置いた『芝居』である事なんだそうです。『ロマンス』は、後者のヨーロピアンタイプの手法を織り込んで舞台が進められていくとの事でした。
チェーホフの役は4人。少年期を井上芳雄さん、青年期を生瀬勝久さん、壮年期を段田安則さん、晩年期を木場勝己さん、個性が全く違う役者さんが、それぞれの世代を演じています。それと、チェーホフの妻オルガ役に大竹しのぶさん、妹マリア役に松たかこさん。その他の脇キャラも、6人が代わる代わる演じていました。
生瀬さんは、パンフのインタビューで、この6人の事を、“傭兵”と、仰っておりました(笑)。
本当にその通りだと私も思います。
シスカンパニーやこまつ座の公演概要を読んでいると、三角関係の絡んだ女優同士の演技対決かと思ったが、そういう演目ではなく(笑)医師となったチェーホフとそれを取り巻く人々の日常生活が淡々と綴られていきます。特に劇的な展開をしていくわけでなく、役者が各場面事に一筆ごと色を重ねていき、終わる頃には一枚の絵が出来上がっていたような感じです。自分はこの戯曲を観るまで、チェーホフという作家は、ロシアの文豪という堅苦しいイメージがあったが、此処まで『笑い』にこだわっていた人だとは思っていなかった。物語に出てくる登場人は皆何かしらの“苦”を抱えている。貧困であったり、病気であったり、理不尽な労働環境の中、どうしようもない選択肢を強いられて生活をしている人間とか。劇中のチェーホフは、これらの事を“現実”という枠組みで括っていた。人が生きていく限り、金を持っていようが、いまいが、必ず何かしらの“現実”という名の“不自由”が生活の中に降りかかってくるもので、それは、年齢を重ねれば重ねるほど、どんどん膨れ上がっていくんだよね。そんな“不自由”の中から一時でも気持ちを解放してくれるのが『笑い』だと。そんなような事を言っていたような気がする。
登場人物達は、どこか不自由で、不自由であるが故に、悪さをしたり、コソ狡くなったり、ろくでもない事を考えたりするんだけど、どこか憎めない。そういった人間の負の部分を“笑い”と言う要素で大きく包み込んだような舞台だった。
自分は個人的に、バカキャラが好きなので、大竹しのぶさんが演じた、リウマチ(仮病)持ちのイカサマばーさんとか、生瀬勝久さんが演じた、トルストイが、結構ツボに入ったんだけど…、トルストイってあんな人だったけぇ?

<<偉大なる哲学者>>の権威を、こっぱ微塵に吹っ飛ばす

デフォルメぶりに、かんどー(笑)。(でも、実際って、あんなもんなんだろうなとも思う)よく、志村けんがコントでやる、瀕死のじーさんみたいで、大爆笑だったな。
「俺をこんなにしやがって…。」なんて、天国から大クレームが降ってきそうな気もするが(笑)
生瀬さんって面白いなー。
井上ひさしさんの音楽劇は今まで何本か観てきたが、音楽劇のわりには、聴覚に響いてこないというジレンマがあったが、松さんと井上王子が入ったおかげで、かなりクオリティーが上がったんじゃないかと思う。松さんと井上王子の声は、舞台が終わった後でも確実に耳に残る声なんだよね。特に井上王子は、普段ミュージカルをやっているだけの事はあって、やっぱ歌が上手い。付け焼き刃の歌い方じゃなくて、キチンと訓練された声というか。本当に“王子様”の声なんだよね(笑)。この歌声を録音して、目覚まし時計でも作ったら、毎朝“姫”気分で目覚める事ができそうだなとチト思った(笑)。
まぁ、そんなこんなで、細かい、ツボを語りだしたらキリがないのだけど、とにかく、この演目は、出演された役者さん達が、本当に楽しそうに演じていて、観ているこっちもとても楽しい気分になった。
終演後パンフを読んでいたら、当時のヴォードヴィルがどのように演じられて、大衆に受け入れられていたのかを詳しく書いてある文献があって面白かった。ヴォードヴィルというのは、元々市場などで上演されていた“縁日劇場”だったそうです。パリの市場のヴォードヴィルには、モーツァルトもよく出没していたみたいで、自身のオペラのネタにもしていたらしいです。
こんな天才がネタ拾いにくるくらいだから、ソートー、エネルギーに満ちた場所だったんでしょうね。
そのヴォードヴィルのフィナーレで、登場人物たちが、笑いを含んだ歌詞を順番に歌い、その箇所を全員で合唱する事をヴォードヴィルフィナーレというのだがそのフィナーレで歌われていた歌詞がちょっと面白かったので転載いたします。
演目:スクリーブ作の『熊とパシャ』より。
世間の賢者の先生たちから
バカな芝居だと厳しい批評が
わたしたちに降りかかるでしょう
でも、ここにおいでの皆様の
笑い声と笑顔があるかぎり
そんな批評はへいっちゃら
へいっちゃらのへいっちゃら〜
作り手と受け手の関係って、今も大昔もあまり変わってないみたいだね(笑)